彼の返事は、いつも言葉じゃなかった
塾講師をしていた頃に、学校に行っていない子を教えたことがある。
初めて会った日、彼はひとことも言葉を発しなかった。
最近、不登校支援のセミナーを受けた。
講義を聞きながら、その子のことを思い出していた。
僕は高校生の頃から近所の子どもの家庭教師をしていた。
子どもは好きじゃなかった。
それなのに、なぜか頼みこまれて引き受けてしまった。
生徒は家庭に少し問題があったり、勉強がどうにもうまくいかない子たちだった。
授業を始めると、その家の、まだ3歳くらいの子がやってきて、横で「となりのトトロ」なんて観たりしていた。
気づけばスヤスヤと眠っている。仕方ないので、だっこして布団に運んだりした。
繰り返すけど、子どもは好きじゃなかった。
大学生になると、知り合いづてで家庭教師の依頼が次々ときた。
週四日ぐらい授業をしていたけれど、生徒の人数が増えてきたので、一度に数人を教え始めた。
家庭教師というよりは、だんだん寺子屋みたいな雰囲気になっていった。
その後、塾講師もするようになり、中学生や高校生向けの受験指導を担当した。
生徒たちから勉強以外の相談を受けることが増え、友人関係や家族の悩みを聞いたり、恋愛の相談にものった。
何十人もの子どもたちと関わるうちに、親子関係や家庭の空気が、子どもに大きく影響していることにも気づくようになった。
こちらからそのことに触れることはほとんどなかったけれど、
表情や声の感じ、教室に入ってくるときの様子は、自然と見るようになっていた。
ある時、塾長から相談があった。
これまでとはまったく違うタイプの生徒だけど、ぜひ担当してほしい子がいる、という。
『この4月に中2になった子なのね。でね、小学校は3年生から不登校。おウチも色々と複雑なんですよ…。』
「…はぁ…それは大変ですね。でも、なんで僕に?受験担当ですよ?」
『いえね、その子のお母さんから相談を聞いていてね、あなたしかいない!って思っちゃったんだよね〜。』
「…はぁ…。なんでまた…。他に知っておくべきことや、注意などは?」
『えっとね、学力は小2くらい。あと、僕とはしゃべってくれなかったかな。』
「え?! そういう子の専門家には繋がなかったんですか?」
『いえ、できることはやっているらしいのよ。そのうえで、ウチの塾にいらしたんですって。』
あーなるほどね。なるほど。
…ムリ…じゃね?
内心ではそう思いながら、話をさらに細かく聞いてみた。
「先生」って感じが一番しない、っていう理由で僕に白羽の矢が立ったらしい。
確かに、当時の僕は、先生というイメージの対極にいるような風貌だった。
スーツで教える先生が多い中、カーゴパンツにSTUSSYのTシャツ。
オレンジがかったショートヘアーに、スネ夫のママみたいなパンチの効いたメガネ。
90年代の自由な風潮も手伝って、塾や保護者からクレームが来ることはなかったけれど、明らかに異質だったとは思う。
まあ、そんな経緯があって、ともかくその子を教えることになった。
彼は学校には行っていなかったので、授業は昼でも夕方でもよかった。
他の生徒とかち合いたくないという希望があり、午後3時ごろから授業をすることにした。
はじめての授業で、彼はひとことも言葉を発しなかった。目を合わそうともしなかった。
でも彼が、話したくないのではなく、「話せない」に近い状態なのだということは、なんとなくわかった。
言葉の代わりに顔を動かしてくれたし、困ったときには体をキュッと固くした。
その反応を見ていれば、困っているのか、嫌なのか、少し迷っているのかくらいは見当がついたから、それで授業はできた。
無理に話してもらうより、彼が見せてくれている反応にこちらが合わせる。
それくらいが良さそうに思えた。
当時は情報も知識もなかったし、正しい対応を知っていたわけでもない。
ただ、その頃の僕は、家庭教師や塾での経験を通して、子どもの立場になって考える感覚だけは少しずつ身につけていたのだと思う。
彼に合うやり方を探りながら、おぼつかないまま授業は始まっていった。
小学校低学年くらいの内容から、ひとつずつやり直した。
彼の手がどこで止まるのか。
どんな形なら受け取れるのか。
どんな伝え方をした時に、体が固まってしまったか。
授業をしながら、そんなところばかり見ていた。
半年くらいが経っても、彼は授業を一度も休まなかったし、遅れてくることもなかった。
でも、週に一度、60分の授業では、学校に行かなかった分の遅れを取り戻すにはまるで足りなかった。
それで、コマ数を増やすことをお母さんに相談したが、経済的な事情でそれは叶わなかった。
「…勉強、イヤじゃない?」
授業の合間、おやつを食べている時に尋ねてみたら、彼はコクリと頷いた。
「もっと勉強したいなんて思ったりする?」
すると彼は少し顔を上げて僕をチラッと見た。
『あ……… はい…。』
そのとき初めて彼の声を聞いた。
思っていたより低い声。いかにも中2らしいぶっきらぼうな感じ。
少し驚いたけれど、声を聞けた嬉しさの方がずっと大きかった。
じゃあ、やるかっ!という言葉を、僕は反射的に口にしていた。
ボランティアで授業をやるなんてどうかしている。
頭ではわかっていたけれど、彼の思いに応えたい。
なぜだかその熱が溢れて止められなかった。
そこから一年半の間、彼との勉強は続いた。
お昼を一緒に食べたり、お茶の時間を楽しんだりしながら、一日に三〜四時間、週に三日の授業を休まず続けた。
勉強の合間に彼とよくおしゃべりをした。おしゃべりと言っても、話すのはほとんど僕の方だ。
彼は顔の動きや短い返事で答えてくれる程度だったが、それでも好きなアニメや漫画の話は尽きなかった。
中3に上がると、彼はごくたまに学校に行くようになった。
英語や数学の小テストで、50点中30点を取った時などは、誇らしげな顔でそれを僕に見せてくれた。
しばらくして受験シーズンがやってきた。
彼は高校進学を強く望んでいたが、内申点が無いも同然だったので、公立高校は受験できない。
それで私立の中で、生徒の事情に一定の理解がある高校を探して受験し、彼は見事試験に通って合格した。
合格の報告を受け、彼との時間はあっさり終わった。
手に手を取り合って喜ぶような感動的なシーンもなく、
特に思い出すようなドラマティックな出来事もなく、淡々と終わった。
一年くらいが過ぎたある日、僕は本を読みながら電車に乗っていた。
車両は空いていたのに、僕の前に人が立ち、本に影が落ちた。
なんだろう、と思っていたら、
その人は僕の靴のつま先をコンコンと足でつついてきた。
顔を上げて見てみると、そこにはあの「彼」がいた。
僕を見て、口を閉じたままぎこちなく笑って、立っていた。
「ひさしぶりじゃん!」
思わず大きな声を出すと、彼は少しうなずいた。
言葉ではなく、いつもの彼のやり方だった。
*この話につながる記事*
塾で子どもたちと関わる時間の中で、彼らの内側にひそむ感情を感じ取れるようになってきました。その経験が、子育てで観察を大切にする土台になったのです。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
思春期の子どもたちとの暮らしや、
子どもとの関わりに迷ったときのことを、
これからも少しずつ書いていきます。
更新は以下から受け取れます。





スーさん、こんにちは^ ^
電車で“彼”の方から、スーさんに存在を示したこと、じわ〜っと温かい気持ちが湧き上がりました。
スーさん、記事をご紹介いただきありがとうございます!
さすが「観察」する父親、と感じました。
スーさんが彼を「観察」し続け、誠実な姿勢があったからこそ辿り着けた結末ですね。
AIには絶対にできないことだと思います。
読後感がとても温かい、素敵なお話をありがとございました🐞