思春期の『来なくていい。』は、本当に来なくていいのか?

5月半ばの今日、次男の中学校で体育祭が行われた。
昨年は妻と二人で見に行ったが、今回は行くのをやめた。
『来なくていいからね。』
次男にそう言われたからだ。
なんだろう、厨二病的なやつ?
ちょっと言ってみたかっただけ?
そんな風にも思ったけれど、
色々と尋ねてみて、本当に、心の底から来て欲しくないのだとわかった。
14歳の頃に戻って、彼の気持ちを想像してみた。
『家庭とは別の顔で過ごしている自分を家族に見られるのはゴメンだ。』
そんなところだろうか。
『中学3年生にもなる息子のイベントに親がチョロチョロすんな、カッコわりぃ。』
そういう気持ちもあるかもしれない。
いずれにしても今回は『本当に来て欲しくない。』のだ。
この『来なくていい。』をいつも言葉通りに受け止めていいわけじゃない。
言質をとる、というか言葉の裏側にひそむ感情を探る、というか。
子どもの言葉は判断が難しいことがあるし、思春期ならなおさらだ。
もうひとつの「来なくていい。」
いっぽう11歳の三男は、行事にはできるだけ親に来て欲しいと思っているようだ。
はじめは『来なくていい。』と口にすることはあっても、
彼の態度を見ればそれが本心でないことはわかる。
時には、忙しそうな親に遠慮して、わざわざ来てもらうほどの事でもないかな、と自分で気持ちを消化してしまうこともある。
先日、絵画のコンクールで学校代表になった時は、
興奮した口調で『展覧会を観にきて!』と伝えてきた。
もちろん家族で足を運んだし、彼はとても喜んでくれた。
他校と合同で開催したスポーツ大会の時は、
別に代表に選ばれた訳じゃないから観に来なくていい、と言っていた。
でもあの表情と声の感じから察すれば、本当は来て欲しいんだろうなと分かる。
それでこっそり妻と長男と僕で観に行った。
思いがけず僕たちの姿を見つけた三男は、
まるでクリスマスの朝にプレゼントを見つけた時みたいな笑顔を見せてくれた。
あの時は本当に行って良かったと思う。
さて、無事に体育祭を終え、次男が帰宅した。
『疲れたけど結構面白かったよ〜。』
聞かれもしないのに、自分から今日一日のことを話してくれた。
来ないように、と家族に釘を刺したことで、
自分らしく思いっきり楽しめたのかもしれない。
そういえば昨夜、彼はこんなふうにも言っていたのを思い出した。
『発表会とかさ、オレがメインの時にはぜひ見に来てよ。』
そういうことなんだろう。
*この話につながる記事*
一見矛盾しているような言葉も、「観察」していると少しずつ意味が見えてきます。
「観察」についての記事を書きました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
思春期の子どもたちとの暮らしや、
子どもとの関わりに迷ったときのことを、
これからも少しずつ書いていきます。
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子どもによって、本当にそれぞれだなあと改めて思いました。うちも同じです😁
スーさん、それぞれのお子さんの気持ちをよく見ながら関わられていて、とても素敵だなと思いました。